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岡崎市民球場

井上一樹選手について・・・・
15歳の夏に初めて飛行機に乗り、東京へ1人で行った経験がある。羽田空港では井筒親方と若い衆に出迎えられた。
その目的は力士へのスカウトだった。井上には相撲経験はないが、井筒部屋とは血縁関係があった。
その事もあり、井上は力士への線路は敷かれていたようだ。
しかし、鹿児島商高の野球部監督に説得され、悩んだ末に、高校野球への道へ進んだ。
井筒親方は後年まで「霧島にかぶって仕方なかったんだが」と悔やんでいたという。
2年の夏に背番号「9」で甲子園出場。登板機会はなかったが、2回戦まで進出した。
エースとして迎えた3年の夏は、県大会決勝戦で鹿児島商工とに延長15回200球を超える激闘の末、敗退。
井上は勝負を分けた1球を今でも悔やんでいる。
大会直前に左肩を痛めて3回戦までは投げず、準々決勝から痛み止めの注射を打ち、マウンドに上がっていた。
その鹿児島商工には後にチームメイトとなる吉鶴と大西がいた。

中日から2位指名で入団し、名古屋の印象は「鹿児島と違い高いビルばっかだな」と「また殴られるチームに入るんか」と思ったらしい。
星野監督は「アイツは俺をだましよった九州にものすごい投手がおると聞いたのに、何や。
今じゃバットを持っているじゃないか」と今もこう言って笑う。

3月上旬に、島谷二軍監督から野手転向の通告を受けた。
決め手はとにかく飛ばす力を持っているからで、ドラフトで獲得するには契約金1億円近く用意しなければいけないからである。
ただ二軍コーチが1人でも反対したらなかった話になっていたそうである。

その年の夏のジュニアオールスターに欠員が出て、チャンスが巡ってきた。
2本塁打を含む3安打、4打点でプロ入り初めての脚光を浴び、MVPと賞金100万円を名古屋に持ち帰った。
球宴明けに1軍に呼ばれ、後半戦の初戦に早くも代打で出場した。
巨人のエース・斉藤雅樹に三振に倒れたが、その年は最後まで1軍にいた。


野手転向から5年が経過した98年。生涯忘れもしない本塁打を放ったのは福井での阪神戦だった。
中込からバックスクリーンへ本塁打を放った直後、ベンチ裏で泣いた。
「福井での試合がラストチャンスだと思っていました。野手転向に続いて、野球人生の分岐点だったかも」と話している。
この本塁打が出るまで四球、犠打なしで23打席凡退中だった。星野監督は「あの打席まで我慢するつもりだった」と話す。
そこからは一気にドラゴンズの外野手を代表する選手となっていく。99年には開幕21試合連続安打も記録している。
ここ数年は代打でもスタメンでもと与えられた仕事をこなせるチームには欠かせない選手となっている。
試合数100試合以上、打率3割、二桁本塁打と好調を維持している。
06年からは選手会長に就任し、ドラゴンズの顔となる存在になりチームも明るいイメージに変わっている。


ゴールデンスピリッツ賞 03年11月28日
プロ野球選手の中から積極的に社貢献活動を続けている人に表彰する賞。
阿部雄二賞
ゴールデンスピリッツ賞受賞者に特別賞として100万円贈られている。

井上は毎年シーズンオフ、名古屋第一赤十字病院の小児病棟を訪れ、
重病に苦しむ少年少女に言葉をかけ励まし続けている。
また、入院患者200人を集めたクリスマスショーに参加し、プレゼントを渡している。
という事で受賞されました。

ゴールデンスピリッツ賞関連サイト
http://www.yomiuri.co.jp/hochi/event/spirit/2003/1128nakashima.htm

http://www.yomiuri.co.jp/hochi/event/spirit/2003/2003spirit_index.htm


バットについて・・・・
ホームランやタイムリーを打ったバットは大事に使う。
ストレートよりもややフレアなグリップを採用し、握りやすくしている。
重心をヘッド部にきかせた長距離バッター用。


グローブについて・・・・
ぎりぎりの飛球が、気がつけばグラブの中に入っていた……そんなグラブが理想的。
投手出身ということもあって、主流の縦長グラブではなく、大きくポケットの広いものを使っている。

参考サイト

http://www.xanax.co.jp/prostaff/

ピンキー一樹について
99年にピンクのリストバンドをつけていた事で「ピンキー一樹」という愛称がつけられた。
この「ピンキー一樹」の由来は「ピン」というのは数字の一という事で「一樹」の一の字である。
「キ」はもちろん一樹の「樹」である。なのでこの「ピンキー一樹」という愛称はリストバンドがピンクだったから
という理由ともうひとつ一樹の名前をかけて付けられたそうです。(井上一樹選手トークショーより
また04年よりリストバンドなどを青色に変更していたが、06年より時々ピンクも復活している。


井上一樹選手について・・・・
最近の井上選手は99年をピークに最近はあまり良い成績が残せず、不本意な成績に終わっています。
2003年は99年の輝きを取り戻そうと99年時使用の応援歌や
今シーズンはリストバンド、レッグガード、手袋を当時と同じピンクに統一し勝負をかける。
リストバンドに名前と愛称である「ピンキー」の文字を入れたり、
ホームとビジターで手袋のベースの色を変える
などしている。
03年のキャンプ当初は肩をいため出遅れたが途中からレフトのし烈な争そいに参戦した。
オープン戦の成績(2本塁打 6打点 打率500)
その結果開幕戦を7番スタメンの座をつかんだ。
その後は2度2軍に降格したが1軍では代打の切り札として活躍した。
オフに背番号を99から9に変更し心機一転。
トレードマークのピンクも卒業する。
レフトのほかファーストでもれレギュラーを取るつもりだ。
来年こそ左投手を克服したい。

04年の一樹・・・(開幕前の状態では)
2月1日に行われた紅白戦では早くも足に自打球をあて打撲。
外野から1塁にコンバートされレギュラー取りに必死だ!
3月6日にオープン戦今季初出場。4番1塁でスタメン!
その後DHや1塁などでスタメンを続ける。
森野との1塁争いでどちらが開幕スタメンか楽しみだ!

04年を振りかえって・・・
開幕戦ではオープン戦では1度も守らなかったレフトで出場!!
7番スタメンで2安打と活躍。
その後も開幕連続安打をマークし4月は絶好調スタート!!
4月の成績 打率373(リーグ3位) 本塁打4 打点9
中盤に大きく調子を落としてスタメンを外れ始める。
長かったスランプ期間を脱出したのは7月4日の横浜戦。
浜スタで第6号ホームランに3安打!2打点の大活躍!!
「グッときて言葉が見つからなかった。打てないときも応援してくれた
ファンに報いる仕事がしたい」と試合後コメントした。
その後8月4日に延長11回にサヨナラ打を打つ!!

日本シリーズの第2戦では野田の打球をスーパーミラクルキャッチ!!
その後第4戦目で8番スタメン出場し2打席目に第1号3ランホームラン!
日本シリーズ初安打を記録した。その後も貴重な活躍を見せた。
そして敢闘選手賞を獲得した。
記録として連続試合打点4(第4戦目〜第7戦目)。

05年の一樹
オープン戦初戦でいきなりのチーム初ホームラン!を含む1試合2ホーマーのスタートを切った。
7番レフトでスタメン出場を果たす!!
その後スタメンから当分外れるが、交流戦からスタメン復帰し、大活躍を見せる。
6月26日広島戦では4回に1イニング2捕殺し、強肩を見せた。(プロ野球タイ記録)
バットの方でも前半戦は3割を超える打率を残した。

後半戦はぎっくり腰があり、多少出遅れたが、復帰戦となった巨人戦では逆転2ランを放ち、存在感をみせた。
今季最終戦となったナゴヤドームでの試合に先発出場し3打席凡退で打率は299となった。
最終打席の4打席にレフト前ヒットを放ち、見事打率302とした。
オフに、プロ初めてFA権を取得した。球団の評価の低さににショックを受け、FAするかどうか注目される。
契約更改で1000万円アップの7000万円の3年契約を結ぶ。
オフに今年からドラゴンズの新選手会長に就任した。また自ら営業部長になり、営業活動も熱心に行っている。
愛知県岡崎市のハウジングセンターでトークショー・クイズ大会が行われた。
その際に、予定になかったサイン会を開催し、ファン全員にファンサービスをした。
http://a1234.nce.buttobi.net/20051104.html
なおその際にこのサイトを運営公認サイトにして頂きました。

06年の一樹
開幕前に名城線のドラゴンズトレインの出発式に登場したり、松坂屋で開催されたトークショーにも登場した。
http://a1234.nce.buttobi.net/2006327.html
ファンサービスなどにより、今年は大いに活躍してくれそうです。
ドーム内の「ドラゴンズミュージアム」内には一樹のコーナーが設置されました。
http://a1234.nce.buttobi.net/2006401.html
またドラゴンズのポスターにも一樹が大いにたくさん出ています。
今年から選手会長に就任しファンサービスを多く取り入れ、ファンからも人気が上昇している。
開幕戦はスタメン出場を逃すが、代打で登場し、今季ドラゴンズ初の長打、2ベースヒットを放つ!
5月13日に猛打賞を記録し、今季初のお立ち台に上がり、得意の演説でファンを沸かせた。
5月23日には自身初の1番スタメン出場する。結果は4打数1安打で第1打席にセンターを放つ。
同日にピンクのリストバンドを付けて出場した。また6月17日も代打で登場した際にもピンクのリストバンドを付けて出場した。
7月25日は「落合英二・井上一樹デー」として誕生日を祝った。入場時にはポストカードも配られた。
その日は試合には出場しなかったが、試合前の練習時には今季3度目のピンクのリストバンドをつけて登場した。
試合面では6月29日神宮で今季第1号ホームランを放つと7月11日石川では試合を決める第2号ホームラン!
8月に入ると3日横浜でレフトへ第3号のホームラン・4日神宮で2試合連続の第4号を放った。
8月6日には逆転のタイムリーを放ち試合を決め、ヒーローインタビューを受けた。
8月30日には9回2アウト2ストライクから阪神の藤川から同点ホームランを放っている。
このホームランはのみにチームにも大きな意味を持つことになる。本人も今年のベストゲームに選んでいる。
9月にはいると完全にレフトのレギュラーとなり、打撃が絶好調だった。
秋田では1試合2本塁打や阪神戦では試合を決める満塁から走者一掃のタイムリーも放っている。
日本シリーズでは満塁からフェンス直撃の大飛球を放ったが、わずかにファール。
その後三進に倒れたが、一樹はバットを叩きつけて悔しがった。

自身デザインのポスターやチラシなどがナゴヤドームで張られていたり、配られている。
また月刊ドラゴンズには「カズキの熱い想い」として毎月掲載されている。

2006年5月13日の週刊ベースボールに井上一樹選手が紹介されています。


主な試合での1面

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